
- 「タワマンに住みたいな」
- 「もっといい車に乗りたいな」
誰かのキラキラした日常と自分の現状を比べて「自分はまだまだだな…」とため息をついてしまう。
そんな経験ない?
僕も昔は「悟空」になりたいタイプだった。
圧倒的に強くて、誰からも尊敬される特別な存在。
でも上を目指すほど、終わりがないレースに息切れしてしまった。
そこで気づいたのが『ドラゴンボール』のクリリンという生き方の凄さである。
彼はサイヤ人という化け物たちに囲まれながらも、自分の限界を受け入れて「足るを知る」ことで穏やかな家庭を築いた。
欲望と比較のレースから一歩降りて、クリリンのように「これで十分」と笑える心の豊かさを一緒に探してみよう。
そのヒントを知る事で18号のような美人と結婚できるかもしれない。
目次

第1章:クリリンの成長と「足るを知る」のヒント
クリリンの物語を振り返るとき、まず思い出すのはあの小さな体と大きすぎるライバル心だ。
幼少期の彼は多林寺での修行を経て、より強くなるために亀仙人のもとへ弟子入りする。
そこに一人の少年がいた。
孫悟空という山奥で育った野生児。
悟空は純粋さと圧倒的な潜在能力を持ち合わせていた。

◾️クリリン幼少期:悟空との日々
クリリンは悟空を出し抜こうとした。
エロ本を差し入れしたり、ズル賢い手を使ったりもした。
それは劣等感の裏返しだったのだろう。
「自分では勝てない」
と分かるとき、人は正々堂々と戦うよりも、裏道を探したくなるものだ。
小さなプライドがそうさせる。
しかし物語が進むにつれ、悟空とクリリンの差は歴然としていく。
サイヤ人と地球人。
血筋の差はあまりにも大きい。
◾️クリリンが教えてくれる姿勢
クリリンが必死に努力を重ねても、悟空は一晩眠れば回復する。
修行をすればあっという間に先を行く。
現実でいえば人間がゴリラと握力勝負するようなものだ。
どんなに努力しようが、勝つことは不可能に思える。
普通ならそこで心が折れる。
「自分には才能がない」
と拗ねて、挑戦することをやめる人も多いだろう。
だがクリリンは不思議な男だった。
彼は悟空と競うのを諦めたというより「悟空は悟空、自分は自分」と受け入れていったのだ。
クリリンのこの姿勢は、別に一番である必要はない事を教えてくれる。

◾️僕たちの今はクリリンのおかげ
フリーザ編では、その象徴的な姿が見られる。
地球のドラゴンボールを復活させようとクリリン達はナメック星へと向かう。
そこに待ち受けていたのは宇宙最強のフリーザ軍だ。
宇宙最強を相手に、クリリンはただの地球人として参戦した。
彼らから見ればクリリンなんてただの羽虫。
当然勝てるはずはない。
> 勝てるはずがない (Impossible)
だが彼は臆病でありながらも勇敢に戦う。
そしてフリーザと悟空の戦闘を観覧してたクリリンは、フリーザの八つ当たりで爆破され命を落とす。
クリリンの死。
それを嘲笑うフリーザ。
その怒りが悟空をスーパーサイヤ人へと覚醒させたのは、あまりにも有名な話だ。
僕たちが今生きているのは、クリリンのおかげと言っても過言ではない。

◾️クリリンの「足るを知る」
セル編でも同じだ。
自分では到底敵わない相手に立ち向かいながらも、クリリンは決して「自分の存在価値はない」とは言わなかった。
むしろ、自分ができることを探した。
戦闘に参加するのではなく18号に恋をした。
ここで考えてみたい。
もしクリリンがずっと悟空と張り合おうとし続けていたら、どうなっていただろうか?
答えは簡単だ。
きっとどこかで心が折れていた。

悟空のように強くなれない現実に押しつぶされ「自分なんて...」と絶望してしまっていたはずだ。
けれど彼は違った。
クリリンは悟空を尊敬しつつ、同時に自分自身の限界を受け入れた。
その結果として彼は「戦士としての頂点」ではなく「人間としての幸せ」を手に入れる道を選んだ。
「足るを知る」
それは時に諦めに聞こえる。
だがクリリンは「足るを知る」事で、人造人間18号と結婚してマーロンという娘を授かり、穏やかな生活を手に入れた。

◾️クリリンからの問いかけ
クリリンの歩みこそ「足るを知る」という生き方だろう。
中国の古典『老子』にある「知足者富(足るを知る者は富む)」という言葉の通りだ。
もっと強く・もっと多く・もっと上へ...
僕たちはつい願ってしまう。
出世したらさらに上を目指し、収入が増えればもっと欲しくなり、家を買えば次はタワマンが欲しくなる。
欲望には際限がない。
しかしその果てに...
本当に幸せは待っているのだろうか?
クリリンの姿はその問いかけを僕たちに突きつける。
戦闘という面では悟空のライバルでいることはできなかった。
だがそれを受け入れた。
その受け入れる強さにより、
彼は人間として最も豊かな時間を手に入れた。
ここで立ち止まって考えてみたい。
強さや富を無限に求めることで、人は本当に幸せになれるのか?
次章では、人間が上を求めてしまう理由を、心理学や研究から知って行こう。

第2章:他人と比較してしまう心理:「満たされない病」の正体
クリリンは「足るを知る」事で幸せな日常を手に入れた。
でも現代人で「幸せだ」と感じている人はどれだけいるだろう?
胸を張って「今の自分は幸せだ」なんて言える人は、1%もいないだろう。
それは「まだ足りない」と感じてしまうからに他ならない。
では僕たちはなぜ「まだ足りない」と感じてしまうのか?
その答えは、心理学の研究をのぞくと驚くほど明らかに見えてくる。

◾️快楽順応という“慣れ”の罠
たとえば給料が上がったとき。
「これで生活が楽になる」
と最初は喜ぶ。
でも数ヶ月もするとその給料は“当たり前”になり、もっと上を求めるようになる。
これは心理学でいう「快楽順応(ヘドニック・トレッドミル)」だ。

人は環境の変化にすぐ慣れてしまう。
いい変化も、悪い変化も、時間が経つと基準値に戻る。
- スマホを最新機種に変えたときのワクワク。
- 高級レストランで食べたときの高揚感。
それらも数日経てば「普段の自分」に戻ってしまう。
「もっと欲しい」と思い続けるのは、人間に組み込まれた仕様のようなものなのだ。
どんなに良い変化があっても、脳はすぐに適応して「普通」に戻してしまう。
だから、どれだけ手に入れても「もっと」が止まらない。
◾️他人との比較が生む不幸
さらに厄介なのが「社会的比較理論」だ。
これは心理学者レオン・フェスティンガーが提唱した理論。
人は自分を他人と比べて評価してしまうというものだ。
収入が増えても同僚の方が多ければ「自分はまだ足りない」と感じる。
頑張っていい学校に入っても、更に偏差値の高い学校に入った人に劣等感を抱く。
つまり僕たちは「絶対的な幸せ」ではなく「相対的な幸せ」に縛られている。
これではどれだけ積み上げても満足できるはずがない。

◾️宝くじと事故の研究
人間の「比較」と「慣れ」を象徴する有名な心理学研究がある。
1978年にアメリカで行われた調査では、
- 宝くじの高額当選者
- 事故で半身不随になった人
これらの人たちの幸福度を数年にわたり追跡した。
結果は意外なものだった。
最初は宝くじ当選者が幸福度を大きく上げ、事故被害者は大きく下げた。
しかし数年後、両者の幸福度はほとんど同じ水準に戻っていたのだ。
つまり「ものすごく良いこと」も「ものすごく悪いこと」も、どちらもやがては日常に溶けていく。
人間は“慣れる生き物”であり、どんな状況でも「もっと上へ」「まだ足りない」と思ってしまうのだ。
| グループ | 喜びスコア (5点満点) |
|---|---|
| 宝くじ当選者 | 3.33 (最も低い) |
| 普通の人 | 3.82 |
| 事故被害者 | 3.48 |
宝くじ当選者の幸福度は、普通の人と統計的に差がなかった。逆に、大金を手にしたことで「日常のささやかな喜び」を感じる能力は、普通の人より低下してしまったのだ。
◾️欲望はいつまでも膨張する
上を見ればいつだって誰かがいる。
- もっと稼いでいる人
- もっと幸せそうな人
- もっと賢い人
その比較に疲れて心をすり減らしてしまう。
「まだ足りない」と感じるのは、僕たちの脳のクセ。
そのクセを放っておけば、欲望は無限に膨張する。
だからクリリンのように「悟空は悟空、自分は自分」と線を引けるかどうかが大切になるのだ。

◾️実は“足りている”という逆転の視点
ただし救いもある。
研究によると「自分はすでに足りている」と気づいた瞬間、人の幸福度は大きく上がる。
感謝日記をつける実験では、日々の小さな出来事に「ありがとう」を書き出すだけで、幸福度が有意に向上するという。
これは「欠けている部分」ではなく「満ちている部分」に意識を向ける習慣だ。
「ないもの」を追いかけ続ければ不幸になる。
「あるもの」に目を向ければ、すでに幸せはあったと気づける。
僕たちが本当に必要なのは、上を目指すための努力ではない。
立ち止まって「足りている」と実感する時間なのだ。
次章では、クリリンの姿と心理学の知見を踏まえつつ「足るを知る」をどう日常に生かせるのかを掘り下げていこう。

第3章:クリリンから学ぶ「足るを知る」実践法3選
クリリンの生き方から学べることは、ただの“悟空の親友エピソード”にとどまらない。
それは現代人が日々の生活で使える「足るを知る」ためのヒントにあふれている。
「足るを知る」と聞くと、
- 「諦めろってこと?」
- 「上を目指すなってこと?」
とネガティブに受け取る人もいるだろう。
けれど本質は逆だ。
「今あるものを幸せだと受け止める」ことは心を軽くして、長い目で見たときに一番強く生きられる方法なのだ。
ではどうすれば、クリリンのように“これで十分だ”と思える心を育てられるのか?
ここでは、日常に取り入れられる「足るを知る習慣」を3つ紹介したい。
◾️① 感謝日記をつける
その代わり家庭や仲間との時間を何より大切にできた。
その姿勢に近づくには「感謝日記」が有効だ。
やり方はシンプル。
毎晩寝る前に、今日ありがたかったことを3つ書き出すだけ。
- 朝、コーヒーを飲めた
- 友人からLINEが来た
- 帰り道の夕焼けがきれいだった
たったそれだけでいい。
心理学の研究でも感謝日記をつける人は、つけない人に比べて幸福度が明確に上がり、抑うつも減ることが分かっている。
「自分はまだ足りない」という感覚から「自分はもう足りている」という感覚へと意識の方向を切り替える装置になるのだ。
普段の幸せは、意識しないと当たり前になってしまう。

◾️② 自分の限界を認める
クリリンは「サイヤ人には勝てない」という残酷な現実を受け入れた。
でも「親ガチャ外れた」や「俺の人生は終わりだ」なんて嘆いたり、劣等感に押し潰されたりはしなかった。
“戦士としての限界”を受け入れたからこそ、“人間としての幸せ”に全力を注げたのだ。
僕たちも同じだ。
誰しも「得意」と「不得意」がある。
- スポーツが苦手だけど、人を笑わせるのが得意
- 数学が壊滅的だけど、文章を書くのが好き
こんな風に適性がある。
限界を認めることは敗北ではない。
自分の限界を知る事は、自分の適性を再確認するチャンスだ。
〇〇 ならできてる」
| 🙅♂️ 諦めること (Limit) | 🙆♂️ 認めること (Value) |
|---|---|
|
宇宙最強にはなれない
|
家族を笑わせることはできる
|
|
億万長者じゃない
|
今週末のビールは買える
|
|
カリスマ性はない
|
友達の話を聞くのは得意だ
|
◾️③ ご褒美を小さく刻む
クリリンの幸せは、派手なバトルの中ではなく、家庭の団らんや小さな日常にあった。
これは僕たちが幸福を感じる上で重要なポイントだ。
たとえば仕事で昇級に固執し過ぎるよりも、
- 「休憩してお菓子を食べる」
- 「週末は好きな映画を観る」
そんな“小さなご褒美”をたくさん刻んだ方が、幸福感は長続きする。
人間の脳は「達成」と「報酬」がセットになると快感物質ドーパミンを出す。
大きなゴールだけを追っていると、達成するまで苦しい。
小さなゴールを積み重ねると、日々が満たされていく。
クリリン的にいえば─
「宇宙最強にならなくても、家族と過ごす夕食で十分幸せ」
ということだ。
上を目指す事に疲れたら、少し休憩して好きな人との時間を過ごしてほしい。
「小さな達成+報酬」を刻んで、幸福感をチャージ!
◾️哲学者たちの言葉とクリリン
古代の哲学者たちもまた、クリリンに通じる思想を語ってきた。
『老子』には「知足者富(足るを知る者は富む)」という有名な言葉がある。
無限に求め続ける人は飢え続ける。
「今で十分足りている」
と笑える人こそが、心の豊かさを持つのだ。
「欲望の限界を知ることこそ幸福への道である」
つまりクリリンの生き方は、東西の哲学者が何千年も前から伝えてきた“人間の知恵”と同じ軌道にあるのだ。

◾️「もっともっと」の社会とクリリンの逆転
現代社会は「もっともっと」と急き立ててくる。
- もっと稼げ
- もっとフォロワーを増やせ
- もっと効率を上げろ
「もっともっと」は呪いだ。
SNSを開けば誰かの「もっとすごい生活」が目に飛び込む。
それを見て僕たちは「まだ足りない」と思う。
でもクリリンは「警察官としての人生も悪くないな」と笑いながら生きる。
悟空のような怪物たちの横で、戦闘力ではなく人間としての幸せを勝ち取った。
「もっともっと」の呪いを解呪したのだ。
だからこそ僕たちにとってのヒーローと言える。
最後にもう一度問いかけたい。
「もっともっと」に呪われ続ける?
「これで十分」で解呪する?
次章では、現代社会と「足るを知る」の関係性を見ていく。

第4章:現代社会で「足るを知る」ために
僕たちが生きる現代社会。
その中では「比較ゲーム」がかつてないほど加速している。
SNSを開けば、
- 友人の旅行写真
- 同僚の昇進報告
- インフルエンサーの煌びやかな日常
こんな雑音が流れ込んでくる。
それを見た瞬間「自分ももっと頑張らなきゃ」「まだまだ足りない」と思ってしまう。
そうして僕たちは、気づかぬうちに“無限に続く競争”へと駆り立てられていく。

◾️「比較ゲーム」が止まらない時代
- 年収ランキング
- 恋愛の成功談
- SNSのフォロワー数...
どれも「上を見ればキリがない」世界だ。
この構造に終わりはない。
たとえ一時的に勝ち取っても、すぐに“さらに上”が目に入ってしまうのだ。
心理学でいう「社会的比較理論」が、まさにこの状態を説明している。
人は他人と比べることで、自分の幸福を測ろうとしてしまう。

◾️ジョブズの「Stay hungry, stay foolish」
ここでひとりの偉人を思い出す。
Appleを創業したスティーブ・ジョブズ。
彼の有名なスピーチには、
「Stay hungry, stay foolish(ハングリーであれ。愚かであれ)」
という言葉がある。
確かにこの言葉は、挑戦を続ける人々の心を奮い立たせた。
常に「次」を求め進化をやめない姿勢は、イノベーションを生み出す源泉にもなる。
社会の発展に必要な考え方だ。
だがその裏側には「足るを知らない」危うさも潜んでいる。

欲望を燃料にする生き方は燃料を供給し続けるのが難しい。
供給が間に合わなければ、心というエンジンが燃え尽きる。
常に飢えを抱え続けるのは心にとっては過酷なことなのだ。
幼少期のクリリンの生き方はまさにこれだった。
悟空と張り合い常に上を目指し、悟空を出し抜いてまで燃料を得ようとした。
だが成長するにつれその危うさを理解していったのだろう。
彼は「ハングリー」でなくても、笑顔で生きていける道を見つけた。
“愚かであれ”ではなく、“これで十分”と満足する力を持ったのだ。

◾️「いつまでも足りない病」の正体
現代の僕たちは「いつまでも足りない病」に感染している。
- より多くのフォロワー
- より高い評価
- より効率的な働き方
便利になったはずの社会で、むしろ心が疲弊しているのはこの病のせいだろう。
SNSを10分見ただけで何十人分もの幸せウイルスを浴びる。
普段の生活でも、他者との比較により自己卑下ウイルスが蔓延している。
そんな空気の中にいたら「いつまでも足りない病」に感染するのも当然だ。
けれど、この病に効く薬は意外とシンプルだ。

●解決策① 情報の遮断(SNS断食)
一番分かりやすい方法は「見ない時間をつくる」こと。
SNS断食といって、1日でも1週間でもいいからスマホの通知を切ってみる。
すると驚くほど心が静まる。
僕たちの不安や焦りの多くは「比較対象が目の前にあるから」生まれる。
そもそも見なければ比べようがないのだ。
比較対象が目の前にあるから焦る。
物理的にシャットアウトしよう。
-
1アプリアイコン移動 ホーム画面の1枚目は仕事道具だけ。
SNSは2枚目以降のフォルダへ隠す。 -
2
●解決策② 自分基準の幸福度
次に大切なのは、他人ではなく「過去の自分」と比べること。
- 今日は昨日より少し早く起きられた
- 先週よりも仕事を覚えた
- 去年よりも気楽に笑えるようになった
そんな小さな“自分の成長”を軸にする。
これこそ比較ゲームから降りる一番の方法だ。
成長を実感するために自分を詳しく分析して、成長日記をつけたり画像や映像を残すのも効果的だ。
- 今日は昨日より早く起きられた
- 先週よりも仕事を覚えられた
- 去年よりも気楽に笑えている
●解決策③ あえて制限を持つ
さらに逆転の発想もある。
「足りている」を実感するためにあえて制限をかけるのだ。
- 財布に3000円しか入れない
- スマホを家に置いて散歩する
- 冷蔵庫の残り物だけで夕食をつくる
こうして「少ない状態」を体験すると普段の豊かさに気づける。
断食をする人は「いつものご飯を数倍美味しく感じる」と発言する。
制限は不便ではなく、感謝の感度を上げる装置になるのだ。

◾️足るを知るは無敵の道
「いつまでも足りない病」に支配されると、どれだけ持っても満たされない。
「これで十分」と思える人は、すでに満たされている事に気づける。
だから無駄に心がすり減らない。
そう、無敵だ。
クリリンはそのことを体現していた。
悟空のように強くなくても、ベジータのようにプライドに縛られなくても、笑って生きられる。
「もっともっと」と煽る現代社会では、クリリン的な「足るを知る」姿勢が輝くのだ。
次章(本文最終章)では、クリリンがどのように「足るを知る」を取り入れ幸せを掴んだのか?
18号との結婚を中心に見ていこう。

第5章:クリリンは「足るを知った」から幸せになれた
クリリンの人生を覗くとき、どうしても避けて通れない出来事がある。
それは18号との結婚だ。
少年時代から悟空のように「強さ」を求め続けてきたクリリン。
修行し、戦い、何度も命を落としかけた。
いや、実は3回命を落とした。
◾️クリリンはもう一回爆発しろ
18号が登場したのは人造人間編。
その美しさに見惚れてしまった読者は多かっただろう。
「ブルマから18号に乗り換える!」
なんて人もいたとかいなかったとか。
クリリンは、地球の平和を守るため18号を倒す側にいた。
敵として出会った二人。
それが後に夫婦になるなど誰が予想できただろう?
フリーザに爆破された後ドラゴンボールにより生き返ったクリリンは、その時点で理解していた。
「人には出来る事と出来ない事がある」
その「足るを知る」姿勢のおかげで18号の魅力に気づいていく。

他の仲間達は人造人間を「悪」だと決めつけていた。
人造人間との初戦闘。
次々と倒されていく仲間。
クリリンは戦闘に参加しなかった。
人造人間達は、手を出さないクリリンを傷つける事はしなかった。
「じゃあねCHUッ」
18号のその行動にクリリンは心を奪われていたのだろう。
「クリリンもう一回爆発しろ!」
と思った読者は多かったはずだ。
...僕だけか?
彼は悟空やベジータのように「限界を超える戦士」にはなれなかった。
だがその代わりに彼は「足るを知る人間」としての幸福のきっかけを手に入れたのだ。

◾️クリリンは地球人最強で足りた
悟空とクリリンの違いは子どものころから明白だった。
同じ師匠のもとで修行しても悟空は桁違いの成長を見せつけ、戦いが進むたびクリリンとの差は広がっていった。
普通なら心が折れてしまうだろう。
だがクリリンはそこで「勝負する土俵」を変えた。
彼は戦士としての限界を受け入れ、人間としての豊かさを追い求めたのだ。
- 妻と過ごす時間。
- 子どもの笑顔を見る時間。
- 仲間と食卓を囲む時間。
それは超サイヤ人のような「無限の強さ」ではないけど「自分にとっての幸せ」を知る強さだった。
悟空にはなれなかった。
きっと悔しさはあっただろう。
だが地球人として最強になれた。
クリリンはそれで足りた。
だからこそ違う道にも目を向けられたのだ。

◾️クリリンが強さを追い求め続けていたら
考えてみてほしい。
クリリンが悟空のように「無限の強さ」を追い続けていたら、18号と結婚することはなかっただろう。
人造人間との遭遇時に戦闘に参加して、
「じゃあねCHUッ」
という18号からのご褒美も貰えなかった。
結果的に家庭を持つこともなく、子どもの笑顔に触れることもなかっただろう。
強さを追い続ける人生は「戦い」にすべてを注ぐ生き方だからだ。

悟空の家庭を見てほしい。
悟空はチチと結婚し、子供を作った後は修行に出かける。
幸せな家庭に見えるだろうか?
チチはお金の不安を抱え、子育ても一手に担う。
旦那は全然帰って来ず「もしかしたら命を落としてるかも」という不安もある。
幸せの形はそれぞれだ。
だがあなたはどちらの姿を選びたい?
悟空が象徴するように、上を目指し続ける姿勢は「進化」や「挑戦」につながる。
しかし同時に「足るを知る幸せ」からは遠ざかってしまう。
つまり、強さを追い求めないことでしか得られない幸福がある。
クリリンが18号と家庭を築き警察官として働いているのは、その最たる証拠だ。
- 進化と挑戦を追求
- 家庭よりも修行優先
- 妻(チチ)はワンオペ&金欠
- いつ死ぬか分からない不安
- 足るを知る幸せを追求
- 家族との時間を大切にする
- 妻(18号)と安定した生活
- 強さは捨てたが、安らぎがある
得られない幸福(警察官・家族・平穏)がある。
※幸せの形は人それぞれ。あなたはどっち?
◾️「クリリン的幸せ」に気づく
ここで少しあなた自身に問いかけてみたい。
もしかして今のあなたも「悟空型の幸せ」を追い求めていないだろうか?
- もっと稼がなきゃ。
- もっと評価されなきゃ。
- もっと完璧にならなきゃ。
確かにそれは大事だ。
社会を前に進める力にもなる。
でも同時に、それは「終わりのないレース」でもある。
対してクリリン的な幸せはもっとシンプルだ。
- 隣に大切な人がいること。
- 安心して眠れる場所があること。
- 自分なりの意味を持てること。
それに気づくだけで、世界はがらりと変わる。
あなたの中にも「クリリン的幸せ」はすでに眠っているのだ。

◾️幸福は「快楽」ではなく「意味」にある
心理学者マーティン・セリグマンは、ポジティブ心理学の研究でこう語っている。
「本当の幸福とは“快楽”ではなく“意味”にある」
新しい服・お金・美味しい食事...
これらはもちろん幸せを感じさせてくれるが、それは一時的な快楽にすぎない。
やがて慣れてしまい、さらなる刺激を求めてしまう。
それよりも誰かを大切にし、自分の存在に意味を感じる。
そこにこそ持続する幸福が宿るのだ。
クリリンの選んだ人生は、まさにその体現だった。
彼は「もっと強く」という無限の快楽を追うのではなく「家族を守る」という意味を生きた。
それが彼を誰よりも幸福にしたのだろう。

◾️まとめ:足るを知ると幸せはすぐそばにある
クリリンの物語を通して僕たちは気づける。
「もっと強く、もっと上へ」
という欲望を燃料に走る幸せもある。
だがそれだけでは、心は疲れ果ててしまう。
一方で今ある幸せに気づき「足るを知る」ことで得られる幸せもある。
それは決して妥協ではなく、人間としての最強のあり方だ。
悟空にはなれなくてもいい。
多くの人は悟空を目指さない方がいい。
クリリンのように「すでに足りている」ことに気づけた人こそが、本当の意味で幸せになれるのだ。
あなたが今ふと笑える瞬間があるなら、それはもう十分クリリン的な幸せの中にいる証拠なのかもしれない。
後は気づけるかどうかだけ。
この記事を読んで、あなたはどう生きたいと思った?

あとがき:悟空型でもクリリン型でもいい
子どものころ僕はずっと「悟空みたいになりたい」と思っていた。
強くて、誰よりも頼りになって、みんなから尊敬される存在。
少年漫画を読んで育った人の多くが、一度はそんな夢を見たはずだ。
でも大人になるにつれて「悟空のように生きるのは相当ハードだな…」と気づいてきた。
常に上を目指す姿勢はかっこいい。
けれど、僕にはちょっと息苦しく感じられた。
その一方でクリリンを見ていると妙に安心した。
悟空ほど強くはないし、時に情けないところもある。
でも家庭を持って、大切な人を笑顔にして、自分なりの幸せを掴んでいる。
「悟空にはなれなかったけど、それでいい」
その生き方が、今の僕にはしっくりくる。
18号と娘のマーロンに囲まれたクリリンの家庭は、“人間としての幸せの象徴"みたいに見える。
現実には18号はいない。
でも唐揚げ・布団・ちょっとした笑いがあれば、僕は幸せなのだと思う。
この記事をここまで読んでくれてありがとう。
あなたにもきっとすでに「足りている幸せ」があるはずだ。
もしかしたら当たり前すぎて普段は気づかないものかもしれない。
でもクリリンのように「これで十分」と思えたとき、その小さな幸せが何倍にも膨らんで見える。
この記事があなたにとって、
「自分はもう十分生きてるな」
と思えるきっかけになれば嬉しい。
世の中がもっと優しくなりますように。
自分を幸せに出来る人が「もっともっと」増えますように。
「僕はまだ18号と結婚できてない。でも、唐揚げがあれば…まあ問題ないかな。」
ドラゴンボールのキャラクターをゆるい哲学した記事は他にもあります。
よかったら読んでください⬇️
※ナマケ者の声が流れるので注意してください👆
ここまで読んでくれて、ほんとうにありがとう。
ナマケ者は、今日もゆるく息してます。
☕ よろしければ、他の記事も読んでいってください。
きっと、今のあなたに寄り添う言葉があります。
気に入ってもらえたら、SNSや友達にそっとシェアしてもらえると嬉しいです。
無理せず、のんびりいきましょう。ではまた。
ナマケ者のことちょっと気になったら⬇️